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長崎地方裁判所佐世保支部 昭和37年(ワ)213号 判決 1964年3月30日

原告 吉岡恒義

被告 中里鉱業所労働組合

主文

被告が昭和三七年八月四日原告に対してなした除名処分は無効であることを確認する。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一、当事者双方の申立

原告は主文同旨の判決を求め、被告は「原告の請求を棄却する訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求めた。

第二、原告の請求原因

一、被告は訴外中里炭鉱株式会社中里鉱業所の従業員をもつて組織する労働組合で、原告は昭和三五年六月一六日訴外会社に就職し、同時に被告組合の組合員となつた。

二、ところが、被告組合は昭和三七年八月四日臨時組合大会において原告がなした左記行為が組合の統制を乱すものとして組合から除名する旨の決議をし、その結果原告は被告組合から除名された。

即ち被告組合が昭和三七年五月二七日第二六回定期大会において同年七月一日に行われた参議院議員選挙に民主社会党公認候補古賀専を推せんすることを決議したのに、原告は同年六月一三日訴外二名と共にその入会している創価学会の政治組織である公明政治連盟(創価学会選出の議員によつて構成されている政治団体)推せん候補鬼木勝利の選挙ポスター一枚を中里鉱業所構内にある池田鮮魚店に掲示した。

三、しかしながら、右除名は次の理由によつて無効である。

(一)  労働組合は組合員のなす政治活動に関しては統制権を有しない。

労働組合は労働者の経済的地位の向上を図ることを主たる目的とするものであつて、組合統制権はその目的達成のためにのみ行使されるべきものであるから、労働組合が特定候補者を推せん決議することはまさにその目的外の政治活動に属し、従つて右決議は組合員を拘束するものでなく、これに違反したとしても統制権を行使することは許されない。政治活動の自由は憲法第一四条、第一九条、第二〇条の諸規定の精神からして憲法上保障された不可侵の基本的人権であり、労働組合の統制権を憲法第二八条の団結権保障にその根拠を置くにしても、これをもつて政治活動の自由を制限禁止することができないから、労働組合が特定候補者を支持する決定をしても、それは事実上のことであつて何ら組合員の政治活動の自由を法的に拘束するものではない。

(二)  統制権の濫用である。

被告組合と訴外会社との間にはユニオン・ショップ約款が締結されているので、被告組合からの除名即解雇となり、被除名者の生存を脅かす極刑に値いするものであるから、組合員の除名処分にはよほどの著しい統制違反がなければならないところ、原告はこれまで被告組合に対し反組合的非協力的な態度を示したことがなく、組合が推せん決議した以外の候補者のポスター一枚を掲示したに過ぎないのであるから、到底除名しなければならないほどのものではなく、これに除名をもつてのぞむことは極めて苛酷であつて統制権の濫用にあたるものである。又本件処分は原告が創価学会々員であることに対する不当な嫌がらせであり統制権の濫用である。

(三)  右除名にはその手続上重大な瑕疵があるから、除名決議は無効であり、除名処分は効力を生じない。

組合規約によれば除名決議方法には無記名式投票によることが定められているところ、前叙臨時大会における投票は、投票用紙に賛否を記入する際お互いに秘密が守れるような仕切りが設けられてなく、且つ数名の執行部員代議員等が至近距離からこれを監視し得る状態で、心理的に組合員の自由な意思決定を期待できないような方法で行われたものであるから、組合員の自主的意思が正当に反映確保されたものということができない。

四、以上被告組合のなした原告に対する除名処分はいずれの観点からするも無効であるのに、被告組合はこれを有効視して原告を非組合員として取扱つているから、その無効であることの確認を求める。

第三、被告の答弁

一、原告主張の請求原因に対する答弁は次の通りである。

(一)  一項は認め、二項中その外形的事実も全て認める。

(二)  三項中(一)については労働組合法第二条によると労働組合の主たる目的が労働者の労働条件の維持改善その他経済的地位の向上にあることは明らかであるが、だからといつて労働組合が政治活動をすることが全く禁ぜられているものと解せられないばかりでなく、労働者の経済的地位の向上改善は企業内だけでは根本的に実現解決され得ず、結局は国の労働、社会政策にたよる以外にはないのであるから、労働組合は経済的地位の向上をその主たる目的としながら、政治活動をも附随的目的としているのである。憲法によつて保障された政治活動の自由は絶対的なものではなく、他の基本的権利との関係において相対的制約を受けることを免れないのであつて、社会法的自由権たる団結権の維持保障のためにはその合理的範囲において政治活動の自由も又制約されてもやむを得ないのである。

(三)  三項中(二)については被告組合と訴外会社間にユニオン・ショップ約款が締結されていることは認めるが、後叙するように単に原告が被告組合推せん以外の候補者の選挙ポスターを掲示しただけにとどまらず、それが組合員に対する働きかけを目的としてなされた上に被告組合は長時間に亘つて再三再四寛大な説得と反省を促したのに拘らず、原告は被告組合をないがしろにするが如き言動を示してこれを拒否したのであり今後同様の違反を反覆しないことが保障されなかつたのであるから、右除名はまことにやむを得ないものというべく、到底権利の濫用にはあたらない。又被告組合が創価学会々員であることを理由にして原告を除名したとするのは全く原告の被害妄想である。

(四)  三項中(三)については全部否認する。右投票は組合員の自由意思に基いてなされたものである。

二、被告組合が原告を除名した除名理由及び除名手続は次の通りである。

(一)  原告は被告組合大会において推せん決議した以外の侯補者の選挙ポスターを原告主張の場所に掲示し、もつて被告組合員及びその家族等に向けて右決議違反の選挙運動をなしたものであり、また原告は訴外会社構内には会社及び被告組合の許可なくしてポスター等の掲示ができないことを知悉しながら反組合的意図をもつて右行為に出て組合規約を無視してその統制を乱し、労働組合の生命とする統一的結束を脅かしたのである。そればかりでなく、後述する除名手続を経て原告を正式に除名するに至るまでの間被告組合は常に原告に対し説得を怠らず、反省の機会を終始期待していたのであるが、原告は最後まで自己の非を認めず、むしろ組合のやり方を難責批判する言動を示したのである。

(二)  被告組合は当初事を穏便に図るために統制委員会を設けて調査した上、右違反事実が確認されたので、原告にその反省を促したが、原告はこれに応じなかつたのであり、その後査問委員会規定に基く手続が進められ、査問委員会(第一査問機関)においても極力説得につとめ、今後かかる違反を繰返さない限り寛大な処分をとるよう努力したのであるが、原告は将来右違反をしない旨誓約できないというので、組合の統制上やむなく同委員会は除名を決議したのであり、代議員会(第二査問機関)は慎重審理の末右除名を承認し、臨時組合大会(第三査問機関)においては査問委員会の報告に基き慎重討議の上無記名投票の結果投票総数二七六票中除名賛成二四三票、反対一九票、無効投票六票、白票八票の絶対多数をもつて査問委員会の答申通り原告を除名することを承認したものである。

第四、当事者双方の援用する証拠<省略>

理由

一、被告組合が訴外中里炭鉱株式会社中里鉱業所の従業員で組織される労働組合であり、且つ訴外会社とユニオンショップ約款を締結し、原告が訴外会社従業員であると共に被告組合の組合員であること。被告組合が昭和三七年五月二七日その第二六回定期大会において、同年七月一日行われた参議院議員選挙に民主社会党公認候補古賀専を推せんする旨決議したのに、原告は右選挙運動期間中である同年六月一三日、訴外二名と共にその入会している創価学会の政治組織である公明政治連盟推せん候補鬼木勝利の選挙ポスター一枚を訴外会社構内にある池田鮮魚店に掲示したこと及び被告が原告の右所為は組合大会決議に違反するとして、昭和三七年八月四日の臨時組合大会において原告を被告組合より除名する旨の決議をなしたことは当事者間に争いがない。

二、しかして、成立に争いのない甲第三号証、乙第三号証及び証人石山勝の証言(第一回)によつて真正に成立したものと認められる乙第二号証の一乃至三、証人納富勇の証言(第二回)によつて真正に成立したものと認められる乙第五、六号証を綜合すると被告組合においては、組合員が組合大会決議に違反したときは、査問委員会規定にもとづいて戒告、罰金、解任、権利停止、除名等の懲罰処分をなす旨定められており、これによつて原告の右除名処分がなされたことが認められる。

ところで、原告は、労働組合は、組合員の政治活動の自由を制限することはできないから被告組合の前叙古賀専候補を推せんする旨の大会決議は、組合員の政治活動を拘束するものではなく、原告の右決議違反を理由に、被告は統制権を行使することはできない旨主張するのでこの点につき検討することとする。

成程、組合員個人の政治活動の自由は憲法の保障する基本的人権であるから、労働組合といえども原則的にはこの個人の自由に干渉することは許されないというべきであるが、この政治活動の自由も絶対的なものでなく、他の基本的自由権と並んで相対的に保障されているものと解すべきであるから、同じく憲法によつて保障されている団結権の尊重との関係においてもその合理的範囲において相対的制約を受けるものであるといわなければならない。

そして、労働組合は労働者の労働条件の改善その他の経済的地位の向上を図ることを主たる目的とするが、現在の政治経済機構の下では労働者の経済上の利害と政治上のそれとが密接不可分の関係にあつて労働者の経済的地位の向上を図るには政治上の手段をも必要とすることは疑いのないところであるから、国に一定の労働社会政策の実施を求めるために労働組合がその利益を代表する特定政党を支持し、国会議員選挙にあたりその政党に属する特定候補者を推せんしてこれを支持支援することは労働組合の本来の目的を達成させるに必要な手段として許されると解すべきであるし、労働組合がその存立目的を実現するためにこのような一定の政治的立場に立ち国会議員選挙にあたり特定の候補者を推せんする旨の決議をなした場合には、右目的実現に必要不可欠の限度において組合員個人の政治活動の自由は制限され、右組合の立場を否定するような政治活動は組合の団結を乱すものとして統制違反行為となるというべきである。

もとより組合統制権は組合の組織を維持するためにあるのであるから、その行使は組合の団結秩序を乱し、その機能の発揮に支障を及ぼす等組合としての正常円滑な運営を阻害する行為だけを対象とすべきであるから、被告の本件推せん決議がその組合員たる原告を拘束するとしても、これによつて原告の政治活動の自由が一般的且つ包括的に制限されていると解することができないことは云うまでもない。

ところで本件において、被告組合がなした古賀専候補の推せん決議は、組合員たる原告の他の選挙活動をすべて禁止する趣旨のものでないことは明らかであるから、たまたま原告が公明政治連盟推せん候補である鬼木勝利の選挙ポスター一枚を掲示することによつて同候補のために選挙運動をなしたからといつて、このことが直ちに前叙組合の決議に違反するとは解し難いけれども、その選挙運動が被告組合の属する中里鉱業所の構内において、被告組合の組合員に対してなされるときはそれは前叙組合決議に反すると解せられるところ、成立に争いのない乙第七号証の一、二、検証の結果及び証人宮原常男、池田清四郎の証言ならびに原告本人尋問の結果によれば原告が選挙ポスターを掲示した池田鮮魚店は訴外会社所有地の旧五坑坑外区域にあり、同区域内には個人所有の民家が右鮮魚店を含めて二、三軒しかなく、訴外会社社宅が密集して四箇所に分拠しており、右鮮魚店は個人営業であるが顧客の殆ど(約八割)は組合員である上、その分拠した社宅の一郡の出入口に位置し、旧五坑坑口附近は巾員三、四米の道路が北東及び北西にのびて踊石、牧の地部落の開拓団部落に通じているが、右部落は総数二五、六軒しかなく、右区域全体が炭坑坑内と共に訴外会社の施設内にあつて、職場と生活の場とが混然一体となつた組合員の職場集落を形成していることが認められる。

しかしてかかる場所的環境より考えると原告の選挙運動は被告組合の組合員及びその家族に対する働きかけを主たる目的としたものであつて、たとえ掲示場所が個人所有家屋であつたとしても、組合の統制維持に密接に影響するものであることは否定することができないから原告の右選挙運動は組合の決議事項に違反したものであり組合統制権に基く制裁の対象になるものといわねばならない。

三、ところで、被告組合は統制違反に対する懲罰として戒告、罰金、解任、権利停止、除名の五種の処分を定めているところ、原告の本件統制違反に対し如何なる制裁を科するかは、元来被告組合が自主的に決定すべき事項であるから、その決定を尊重すべきことは勿論であるけれども、右のような制裁は組合員個人の権利、利益等を制限、剥奪する内容をもつものであるからその自治もおのずから限界があり、特にユニオンショップ約款がある場合の除名処分はその組合員の従業員たる身分をも剥奪する結果となる重大処分であるから、社会通念上首肯し得るに足りる客観的具体的妥当性が要求されると解すべきであつて若しこれらの限界を逸脱した処分がなされたときは、統制権の濫用としてその効力は生じないと解するのが相当である。

ところが証人百田誠治、本田吾一の証言及び原告本人尋問の結果によれば原告は創価学会の会員であることから昭和三七年六月一〇日頃同学会の斑長(斑担)より鬼木勝利候補の選挙ポスター五枚を掲示するように依頼されたところ、原告は訴外会社社宅又は被告組合の建造物に掲示することは問題であると考えたが、池田鮮魚店であれば被告組合の組合員を顧客とする店ではあるにしても個人所有の家であるから組合から統制違反に問われるおそれがないものと軽信し、五枚のうち一枚だけを同店の許可を受けてその店先に掲示したこと。ところがその後一〇日程して右ポスターは被告組合執行部の指示によつて無断で剥がされたことが認められる。

そうだとすれば、原告の右ポスター掲示行為は積極的に組合の統制を乱す反組合的意図に基いたものでなく、むしろ組合の統制に触れないように配慮した上なされたものであつて、組合の団結を乱す危険性も少なかつた上にその実害も軽微であつたものと云うべきであるから、右違反行為のみをもつては、未だ原告を除名するに値するほどの著しい統制違反であるということはできない。

四、しかしながら、前顕乙第二号証の一乃至三、乙第五、六証及び弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる乙第四号証、証人石山勝(一、二回)、同納富勇(一、二回)の各証言ならびに原告本人尋問の結果によれば原告は昭和三七年七月二四日の統制委員会、同月二九日の査問委員会、同年八月一日の代議員会、同月四日の組合大会の各席上において、その態度にやや硬軟はあつたにしても終始一貫して、右違反行為を陳謝反省すれば寛大な処置を講ずるからとの組合側からの再三の説得にも拘らず、個人の有する政治活動の自由は組合決議をもつてしても制限することができないと信ずるから、右決議は組合員を拘束するものでなく、従つてこれに違反しても制裁を受けねばならないいわれがないと主張して譲らず、右説得に応じなかつたことが認められる。

しかし、右違反行為は元来非道徳的なものではない個人の信条に基くものであるから、それが客観的に誤つているとしても、組合統制権をもつてその内心の信条まで改信することを強制することはできないし、又かかる信念を持つが故をもつて除名することはできないものといわなければならない。

ところで、前叙認定事実及び右引用の各証拠によると、原告の平常の被告組合に対する態度には少しも反抗的非協力的なところがなく、右違反行為の動機態様には悪質な反組合性がない上、組合団結権の積極的侵害の危険性は極めて薄弱であり、原告の生活状況では原告が除名されることは直ちに家族六人の死活に影響すること、原告本人は詑状を書く意思はあつたが「今後は如何なる制裁を受けることも拒みません」との条項を入れることが不服であつたのでこれを書かなかつたことが認められるところ、これらの事実及び原告の各査問機関の席上における弁明内容をつぶさに観察してかれこれ検討すれば、原告は統制委員会の席上将来同種の行為をなすことも辞さないかの如き言動を示してはいるが、それはその場の成行からそうなつたのであつて、原告の真意は自己のなした行為が組合の統制に服さなければならないことには納得し難いけれどもそれが統制違反として問責され、場合によつては除名の対象になるとすれば自己の死活に影響することになるから、今後かかる違反はしまいということにあつたことが推認され、いかなる制裁を受けようともあえて違反行為を継続するほどまでの固い決意があつたとは認められず、反省陳謝の意を表明するか否かは被告組合の面目を損するか否かに影響することはあつても、反省陳謝しないからといつて原告を組合から追放しなければ到底その団結が維持されず、その存立が脅かされるものとは考えられず、除名以外の制裁をもつてしても十分その統制の目的を達し得たものと認めるのが相当である。

五、以上の通りだとすれば、あえて原告を除名しなければならないほどの必要性もなかつたのであり、それにも拘らず原告を除名することは著しく苛酷な制裁であつて、除名理由に要求される客観的具体的妥当性に欠けるものと云うべく、正当な権限の行使の範囲を逸脱し、統制権の濫用に当るものである。

よつて、被告組合の原告に対してなした除名処分は権利の濫用として無効であつて、これが確認を求める原告の請求はその余の争点の判断をまつまでもなく理由があることになるから、これを全部認容し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 海老原震一 三代英昭 大隅乙郎)

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